人間であるという事

どっか知らない場所の知らないおじさんが亡くなったというニュース。それを見て抱く自分にとっての「おじさんの存在の重さ」と、自分にとっての「うちの犬の存在の重さ」と、どっちが重いだろうか。

正直に言えば、僕にとっては後者が重い。

多分みんなそうなんじゃないかって思う。
なんでなんだろうねって考えたんだけど、多分鍵は「擬人化」にあるんだと思う。

ペットを飼っている人なら解ると思うんだけど、ペットって飼い主の中でかなり「擬人化」されてると思うんだ。

新宿駅南口の混雑を見てみると、ただ雑然と沢山のヒトの移動が行われていて「邪魔だなぁ」と思う。イライラしたりする。
でももしその沢山のヒトが全員知り合いだったらイライラも、知らないヒトの群れよりも小さくて済むんじゃないかと思うんだ。

僕が言いたいのはつまり「ヒトは擬人化されて初めて人間になる」という事。

ペットも擬人化されて家族になるわけだ。それと同じ。
擬人化される前はただの動物でしかないんだよね。
貴方の中で擬人化しなければ、あのヒトも、僕も、貴方にとってただのヒトっていう動物でしかないんだよね。
僕から見てもやっぱり同じ。

まぁそういう事でさ、悪く言うと「そんなもんだ」。良く言うと「擬人化する能力を持つ人間スバラシイ」って感じ。

そういうもんだっ!

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