メロディの限界?

論理的に言えば音階と長さの組み合わせには限界があるはずなんだから、音楽自体が枯渇するはずだよね。
でもそうならない。
理由は歌詞にあると思うのだ~。
あのね、 例えばツェッペリンのStairway to Heavenを例に出すとね、ヘヴンとうどんとは3文字であってて「ん」が同じ。
だから例えば替え歌としてはまると思ったらおお間違いなんだよね。
母音の響きで同じキー、同じ音階の並びをしていてもメロディー変わっちゃうんだと思うよ。
だから基本的にメロディーは枯渇しないのよ。

多分だよ。ベイビー。

拳をあげるところは

いろいろ曲作ってると、やっぱりライブ映えを考えないといけない「場合」があると思うんですよね。最近のわたしの曲で言うと「Domine , Domine」と一緒に叫べそうなところを作ったり「Carry on !」ってキメ作ったり(急逝したアンドレ・マトスを意識したっていうのもあります)いろいろやってみてます。

これってなんていうんでしょうね。「みんなで歌える」っていうのはなかなかプリミティブな感じがありまして、賛美歌、国歌、軍歌結束を求めるものに使われますね。
場合によってはカルト宗教なんかでも洗脳に使われますね。

で、結束をそもそも大勢が求めてないものに関して、そういう合唱前提フレーズを入れるとしらけちゃって大変な事になります。
というわけで例を出しちゃいます。本川先生ほんとすみません。

結束を求めてない場では「えーっ」ってなる例です。

や、内容は覚えられるし、巧いつくりをしてるんですけど歌う側に立ってみろっていうね・・・。

まあとにかく、こういう技術を使うのはケースを選ばなければならないのです。あと、円柱形なんですよ!!

エンチュウケイ!!
(なんだこの〆は。)

近所のお坊さんのせい?

あのですねー。
わたしが必死に曲を作るとですねー、妙に仏教っぽくなるんです。
多分、幼い時を過ごした家の近所にお寺があって、よくイタズラして遊んでいたのと、幼少期からヘヴィメタルを聴いていたのとが、セットで原因になってるんじゃないかとか、そんな風に思ってます。

で。この曲をまず聴いてみてください。
中国は内蒙古自治区出身のHanggaiというバンドが、なんか知らんけどコンテスト番組かなんかに出た時の演奏、映像です。まずは聴いて頂きつつ、後ろの電光掲示板に出ている北京語の訳をなんとなく読んでください。
わっかんないけど、何となくわかります。

はい。
「おーっ」っとなって頂けましたでしょうか。「輪廻」という曲で文字通り「いつも同じ日常に見えるけど、みんな生まれてみんな死んでいくし、そうでなくても毎日違うんだよ」というような(転生とは関係ない)輪廻のお話です。

でね、わたしね、ボカロやる前にね、この曲にやられちゃったんですよ。
元々仏教好きなのでなおさら。で、ボカロで「輪廻」っていう曲も(かなり真似してるけど)書きました(笑)

しかーし、わたしの本気は(わたしのパクった)「輪廻」ではなく、別の曲で爆発しました。
ではここで聴いてください。

「時の行進」(2019年10月発表)

「ふたつの歌メロをぶつからないように、同時に歌ってる曲」として書き始めたんですけど、歌詞がどんどん「愛別離苦」に偏っていって、そんな感じに自然となっちゃいました。

「愛別離苦」だと思って聴いて頂くとそんな感じになります。
わたし結構、自分で書いたこの曲で泣く事があります(笑)

つまり何が言いたいかっていうと、

カッコイイだろ~?(笑)

やー、2日でここまで来たよ

「サイトを作ってみる」って言いだして、サイトも作ったし、こうして新しいブログも作っちゃったりで、やり過ぎ感はあるけど、ま、充実してたからいいや~。

明日から曲作ろー。