なんかさ、なんだかんだ言って日本の正社員って甘やかされてるよね。
や、正社員になるのは厳しいんだけど、大学と同じで入っちゃったらよほどの事がない限り首にはならないってところが「甘やかされてる」っていう意味で。

なんか、会社中心の社会で正社員が非正規社員より甘やかされているっていう状況が温情っていうか母性的じゃね?
ホモソーシャル的な母性と言ってもいいかも。
「父-の-名」が母性を持っちゃってる感じ。んにゃ、囲い込まれているってだけかな。
でも「母性」ってここでは言っちゃうね。

ま、とにかくさ、個々人の社会的なテーマにおける発語がないんだよな。
会社内でのアレコレは言うんだけど、社会一般への発語が少ない。
これってさ、「母性」との分離ができてないってことなんじゃないか、って思うわけ。

僕が必死こいて働いているのを尻目に、山本太郎っていう馬鹿がなんかやらかしたらしいじゃないよ。
東京都民として(あいつ選挙は東京から出たんだよね?)恥ずかしいわけなんだけど、なんかさ、批判する方の言説も擁護する方の言説もちょっと気持ちが悪く感じる。

念のため言っておくけど、僕は今上の「出来る範囲でオフェンシヴ」(いろんな被災地への訪問を伴う励ましやら、どうでもいいイベントへの参加にもいやな顔してないところやら)な姿勢を尊敬している。

けれども、今上を利用している連中が気持ち悪くてならんのよ。

(「天皇」が持つ)権威とか父権を利用して、「母性」からいったん離脱し、その上で発語しているところが僕は「甘え」だと思う。大いに思う。
普段からキワドイ線でいろいろ言いまくってる人が言うのはいいんだけど、普段母性に密着しているのにこういう時だけ急に「社会的言説」を口にする、つまり批判する、擁護する人々、つまり声を上げる人々が気に食わない。

イラク戦争の時、現地で捕まった3人の日本人に「自己責任」という「国家のいう事」という父権の陰からバッシングし続けた卑劣な人々を思い出す。通底してると思わね?

もっと言っちゃえばさ、「お父さんが家庭内で尊敬されなくなった」とか言われ続けて久しいけどさ、それはこういう一時的な、ストレス発散的な、機会主義的な、恣意的な言説に頼らざるを得ない、普段母性的な会社というものに甘やかされている、或は囲われているのがバレちゃっているからじゃないのかな。他人のファルスを使おうとするなんてとても卑猥だ。そんなやつ尊敬できるか。

と、まぁこう思うのでこう書いちゃっているんだけど、声を上げる引き金が同じなんで、僕も同じ穴の狢だけどね。