朝、陰気な顔をしながら電車に乗っていて目につくのは、やはり僕と同じく陰気な顔をしているおじさん達なんだけれども、本当は働きたくないんだろうな。
それは僕も同じ。

じゃぁなんで毎日毎日、怒られたりもしてるのに懲りもせずに会社へ行くんだろう。
みんなが「働きたくない」のなら、そうすればいいのに。
「お金が無くなるからいやいや働く社会」をみんなで作り上げているのなら、みんなで「働かない社会」を作り上げればいいのに。

と、十年くらい前までは思っていたんだけども(脳みそお花畑の時代な)。

しかしながらその考えは見当違いなんだよな。
僕たちは「秩序」を保つために「会社」を利用している。
「会社」は利益を従順な社員に報酬として分配しているわけだけれども、それ以上に「秩序の維持」というたいそうな目的があるんだわさ。
 集団は「部署」に細分化されたり、子会社化されたりして小分けにされて監視され、秩序は保たれる
(大企業でのそれらだけではなく、『中小零細企業』としても細分化されてるってのも同じ構造だ。日本に中小零細が多いってのはちょっと面白い。いったい何でだろう)。

ネグリ&ハートが<帝国>と叫び始めたのも、「マルチチュード」とか口走ったのも、ミソはここ。
国境を越えて金とか人とか技術が移動し、慣習法的になんとなくなルールで企業同士が離合集散したり、パートナーシップ的な関係を結んだりするもの「秩序」がほしいから。
企業単独で「熾烈な競争」なんか長い期間やってたくないものね。

学生運動なんかやってた「元・闘士」のおっさんが手のひらを反して企業に大人しく同化するのも「秩序」を求めたから。

こういう考えを今日、ふと思い出してこのように(わかりきった事なんだけども)書き出したのは、喫煙所で思い出したから。
おじさん達が、みんな同じ事をやっているのにてんでバラバラな方向を向いてたり、スマホいじってたりする。でもやっぱり同じ事(喫煙な)をやっているんだよな。だんまりと。

それもこれも「秩序のため」だろうなと思う、馬肥ゆる秋なのよ。