世界中だれだって、ほほえめば 仲良しさ
平和 いのり 手を組み歩こう 小さな世界
世界はひとつ 世界はおなじ 世界はまるい ただひとつ

言葉はみんな ちがってもみんなの心は同じ
肩くみあって 未来へ歩こう 小さな世界
世界はひとつ 世界はおなじ 世界はまるい ただひとつ

 一見、理想のように聞こえる。
だが何故「世界征服」と言い換えると凄く悪く感じるのだろうか。

「諸君!我々第三帝国は実現するのだ!世界はひとつ 世界はおなじ 世界はまるい ただひとつ!!」
とかチョビヒゲのドイツ人が言い出したら怖いよね?二十世紀の狂気を感じる。でもそれは感情の上でのこと。
世界をひとつにする上で「征服」もひとつの方法として認められて然るべきだ。

/* それでもって */

「肩くみあって 未来へ歩こう 小さな世界
世界はひとつ 世界はおなじ 世界はまるい ただひとつ」
だけど、世界征服しようとすると正義の味方がどこからともなくやってきて、そのプロジェクトを潰してゆくわけだ。

という事は「世界がひとつになること(世界征服)」は悪だ、ということになる。
それは何故だろうと、ふと思った。
ちょいと考えると、多分次のようなことが「悪」と看做される理由だろうと思う。

・経済的理由。

 貿易による利益が出ないんだよね。多国間でないと。
比較優位ってやつ?まぁ、そういう側面がひとつ。

・折角国民国家として成立してるのに。

 国民国家として成立させて、暴力を一元管理する(個人で暴力を振るう権利を持ってると大変なのはわかるよね)には、多国間による軍事的な均衡を演出しなければいけない。
なのに世界をひとつにしてしまって、その後にもしどこかで戦闘が起こったら、それは内戦になる。均衡も国境もないからその戦渦広がりに際限がないといえそうだ。
しかも政府はどっちに味方しても遺恨を残すし、どう考えてもそれは独立運動を招く。
元の木阿弥。

つまり「正義の味方」の真の言い分は次のようなことだ。
「世界がひとつになるのは確かに耳障りのいいことなんだけど、その後の管理が難しいからダメだろ。しかも借金でしか、帳簿の上でしか財の蓄積が出来ないだろ」。

「正義の味方」は現実的な、資本主義的な意味での「正義の味方」なんだよな。
そして「世界はひとつ」であっていいのは「気持ちの上で」だけでしかないんだよね。

「世界はひとつ」を現実にするという事は「悪の秘密結社による世界征服」と大して変わらないという事。
 良く考えれば世界を統治するには、なんぼ悪の秘密結社でも善政をしかなければならない(クメールルージュの末路とその後のカンボジアの荒廃、立ち上がりに凄く頑張らなきゃいけない状態がそれを教えてくれている)。
「悪の秘密結社」による「全世界での善政」は必ず崩れる。
崩れた時の人々の絶望といったらきっと巨大なものになるだろう。
正義の味方はそれらを僕たちに教えてくれているんだ。
そこんとこよろしく未来。

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たまたま平日に休んでテレビのワイドショーみてたら「そんなに安全なら大統領乗せればいいのに、今まで一度も乗せた事がない」とかしたり顔でいってる 馬鹿 コメンテーターがいた。イラクで乗ってたよ。

感情でなにがしかを主張するのはそろそろやめにしないかい?
(どこの神様でもいいけど、私を含めた人々の無知と愚昧を許し給え)
あ、そうそう。動画四分あるから我慢できない人はウィキペディアでも読んでね。

(大体、そんなに墜落するんだったら自国の兵士乗せないだろ。パイロットや兵士死なせる方がコストかかるって。)

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 鎧着てる武士、若しくはフルプレートの騎士とかに、関節技掛けてみたい。
ドラゴンスクリューから四の字固めとか。