ふと、「私小説ととして書かれたものを、無理矢理三人称に『翻訳』してみたらどうだろう」と脈絡なく思いついた。

ちょっとやってみる。
今回は判りやすいところで太宰治「人間失格」第一の手記のでだしを「翻訳」してみる。

第一の手記

 彼は恥の多い生涯を送って来たようです。
 彼には、人間の生活というものに、見当がつけられないようです。彼は東北の田舎に生まれたので、汽車をはじめて見たのは、よほど大きくなってからだったようです。彼は停車場のブリッジを、上って、降りて、そうしてそれが線路をまたぎ越える為に造られたものだという事には全然気づかず、ただそれは停車場の構内を外国の遊技場みたいに、複雑に楽しく、ハイカラにするためにのみ、設備せられてあるものばかりだと思っているようでした。しかも、彼はかなり永い間そう思っていたようです。ブリッジに上ったり降りたりは、彼にはむしろ、ずいぶん垢抜けのした遊戯で、それは鉄道のサーヴィスの中でも、最も気のきいたサーヴィスの一つだと思っていたようですが、のちにそれはただ旅客が線路をまたぎ越えるための頗る実利的な階段に過ぎないのを発見して、にわかに興が覚めたようです。

 なんかお猿さんを観察しているような文章になった。
もしくは田舎者を小馬鹿にするような文章。
これに語り手の感想を交えるともっとすごい事になりそうだね。やらないけど。

 こういう改竄をすると太宰ファンからお叱りが来そうなのでエクスキューズすると、僕自身太宰本人は好き。誕生日が一緒だし、曾祖父母の家が太宰の通学路に面していたし(あんま関係ないか)。

曾祖母(故人。明治女らしく強い人だった)で思い出したけど、太宰治って曾祖母くらいの世代の津軽人には評判が悪い。や、サンプルは曾祖母だけなんだけど。
僕は太宰の「明るい方の」作品(女生徒とか、黄村先生とか、富岳百景とか。でもかちかちやまが僕の中ではベスト)が好きで中学生の頃よく読んでいたのだけど、曾祖母に「そんなの読んでると、ああいう人になっちゃうからやめなさい」と怒られたものだ。誕生日が同じだからって警戒されていたのだろうか。
まぁ、他人や親世代に言われたら激しく抵抗するけど、なんと言ってもひい婆ちゃんだしな。軽んじるわけにはいかなくてまるでエッチ本を読むかのように隠れて読んでいたのを思い出す。同じ津軽人でも棟方志功と物凄い評価が違うのは何故なんだろう。気になる。
ついでだから言うけど、血液型占いとか星座占いとかでその人がわかるのだとしたら、僕は太宰治とどっちも一緒だぞ。それだけをもって「それらは当たりませんよ」と言える。
とはいえ、血液型占いに関してだけ言えば「僕がAB型だと知った瞬間に『変わり者なんだよねー』とか言い出すおねーちゃんは十中八九B型だ」という事だけは何故か言える。

まぁ、どうでもいいんだけどね。
ってか、どうでもいい記事だね、これ。