僕が管理してきたブログは結構あるんだけど「炎上」したことがない。
例えばこの文をアップしているここのブログは、SEOを掛けていない上にアップした文章はまだそれほど多くない。
ほぼ「単なる日記」に近く、「何の計算もしていないから『炎上』しないのかな」とも思うのだけれど、その割には物好きな読者の皆さんもそれなりにいらっしゃるようで(こんにちは。どうもありがとう)、「ネタがなくて更新ほったらかし」期間でもそれなりに読んでもらえているみたいだ。
“読者がいないから「炎上」しない” というわけでも無さそうだ。

「じゃぁ、不謹慎発言がないからなのか」というとそんな事はない筈だ。
割ときわどい事、と言うか「読み手を逆撫でするような」事を言っていると思う。自分でも「わぁ、いいのかなこんな事言っちゃって」と思うことは良くある。

「うーん、どうしたら着火するんだろう」と思いつつ、とりあえずwikipediaで「炎上」で調べる(このあたり我ながら安直なような気もしますけどネ)。

 大体、「(理不尽な理由で)土下座させた」とか「法を犯したぜー。いぇーい」とか「理不尽な差別エントリ」とかそういう系の「書き手本人が人間としてアレ」パターンだとか、提灯記事が良く燃えるのだそうだ。

 こうして「炎上」事例に目を通すと、「炎上」にもそれなりに筋が通っているみたいだ。まぁ、そうだよね。「批判」しなきゃいけないんだから、仮に強度が弱くてもそれなりの根拠が必要だものね。
このブログが理不尽に「炎上」することは無さそうだなぁ。
確かに、提灯記事は書いたことがないし、「(理不尽な理由で)土下座させた」こともない(寧ろするほう)。

総じて言えるのは「他者を馬鹿にして(自分よりもずっと下に見て)」書くと「炎上」しやすいって事らしい。

 “「他者を馬鹿にして(自分よりもずっと下に見て)」書くと「炎上」しやすいって事らしい。”と言うことで僕の書くブログを「炎上」させてみたいって言う企ては無理っぽい。意図的に演出するならアレだけど少なくとも自然に「炎上」させるのは無理っぽいな。

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 僕はどうしても「他者を馬鹿に」できない。
正確に言うと “自分の視点から見えていない部分を過敏に恐れている” に近い。
 だから、って言っていいのかわからんけど、目の前の他者の言動の奥にどんな経緯があってもいいようにいろいろ想定してしまう。
そして “もし可哀想な部分をえぐるような結果になったら申し訳ないし、大体みんないろいろあると推測できるし全部考えてたらきりがないから” 、見えている部分に極力限定して反応する。
なんだか物悲しいけど「毎度薄氷を踏む思い」なのがデフォルト。リアルでもそう。
(ってか、「きりのない」事を無意識にやっちゃったからうつになったんだろうとかも思うわけだが)

もし仮に僕が他者を馬鹿にしてみたとする。
でもきっと「しかしその他者の “いろいろ” の中にすげぇ部分があったらどうしよう」とか「すげぇ部分を黙殺しちゃうのはどうなのよ」とか色々考えてしまって結局馬鹿に出来なくなるだろう。黙って肯定してアホみたいにニコニコしてるしかないわけだ。
結果、どうしても主語にこだわってしまって、しかも最小限の発言しか出来なくなる。わぁ、物悲しい。
そうだよな。これでは、「炎上」に至る最初の燃料があったとしても「炎上」しないわな。なんか寂しいな。「炎上」を企まずに、侘び寂びを目指すべきなんですかね?

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って書いて「うーちょっとひと休み」って感じで脂さんとこをひょいと覗いたらこんなん書かれてた。ちょっとひと休みでここ覗くのもどうかと思うけどな。

なんでこう抑鬱症者って「君という人間について私はなんでも知っている」って態度で語りたがるんだろう?
妖怪紳士にも中坊さんにも顕著だ。

この記事でもわたしちゃんと書いてるじゃん。
http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-169.html
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基本的にわたしは抑鬱症者が嫌いである。特に男性のそれの根底に、過大なファロセントリスムを感じるからだ。抑鬱症者のほとんどは、他人を単純化して見ている気がする。単純化した、今風(そしてかるーく揶揄風)に言えばキャラ化した他者像を他者に押しつける傾向を強く感じる。
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お前が自分勝手に感じられなくなったファルスの作用のせいで他人を単純化しているせいで「喪」になっているだけだろうが、と言いたい。
要するにマッチポンプなんだよ、抑鬱症の「喪」、つまり「何もない」って感覚は。
2010-03-10 水 10:31:04 /URL /脂 /編集

いやいやいや。ちょっとまってよ。
僕から言わせれば上のほうで言ったように“単純化できないでいるから苦しんで、なんとかしようとして単純化したりする” んであってそうしないと延々と苦しむ事になるから「キリのいいとこでエポケー」っつう話なわけで。
そもそも「君という人間について私はなんでも知って」たら延々想定する必要はないし苦しまない。
むしろ「わからんけど数撃てば当たるんじゃね?」的だったり「思ったからとりあえず書いてみちゃったんだけどどうよ」的なブログだろここ。
(だよね?少なくとも僕はそういういい加減なブログだと思ってるんだけど。だよね?だよね?)

態度なんかも受け手によるものが大きい。キャラ化した他者像を他者に押しつけるのが嫌だから、そして押し付けられるのも嫌だから、僕みたいなのはついつい主語に拘るのだ。観察しているのは一体誰で、単純化しているのは一体誰で、押し付けているのは一体誰で、分析しているのは一体誰なのか。なんて意識しちゃうと、どうしたって「僕はこう思うけどどうよ」で済ませてしまわざるを得ないわけよ。

ってかなんかすごい単純化されてるな。気持ち悪い。

中坊さんはお前みたく言い訳して逃げるのではなく、何も言わずに逃げる。

僕は単に思考が追いつかなくて「置いといてる」か「特に言うことない(つまり肯定)」なんだが、まぁそう「逃げた」ということで「そういうことにしと」かないとつらいんだろうな。うんうんよくわかるよ(棒)。

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 ってなわけで、「単純化することがやっぱちょっと苦手」な人間の書くブログは「炎上」しづらいってことと、一方で「ブログにおいては文章のみで判断せざるを得ず、それ故に恣意的な単純化をされやすいので、よっぽど単刀直入にアレ」で解釈の仕様がないくらいじゃないとやはり「炎上」しにくいってわけさね。これでいいのかな。

ところで勝間和代とカツマーって頭悪くてきんもー☆