昨晩ふとしたことから昔あったことを思い出して、その出来事の顛末がとても気になり始めた。
とても気になるので文章に起こして、この思いに区切りをつけたいと思う。
 もし、この出来事が何かの法に触れていたとしても、20年も昔のことなので恐らく時効であろう。罪の意識を感じないわけではないが、当時の僕は10歳前後の子供であったのだから、ある程度は許されるものと信じて書く事にする。

 おぼろげな記憶であるけれども、その時僕は小学3年生だったと思う。
雨台風が関東を襲った翌朝の事だった。
僕はいつも通りの通学路を「今この時台風が来ていて学校が休みになればいいのに」と思いながら歩いていた。
 通学路は近所の川から路地一本隔てたところを通っていた。
僕はいつものメソッド通りにその道を歩くつもりであったが、ふと川のほうを見ると、同じ小学校の子供たちが人垣を作り、川に見入っていた。
そのただ事でない雰囲気に惹かれて、僕もいつものメソッドを曲げて、その人垣に入ることにした。

 同年代の子供たちの視線を追ってみると、川は昨夜の豪雨で水量を増し、恐ろしさを含んで濁り、流れも速く、上流から様々なものを押し流していた。
不法投棄された冷蔵庫やビニールシートなどが流れていく様は、今でも鮮明に思い出せる。

 流されるゴミの中から「おーい」と声がした。
見ると、流木につかまったおじさんがゆっくりと流されながら、こちらに向かって手を振っている。

「おーい、おーい」

10歳前後の僕たちは、おじさんに向かって「おーい」と手を振って応答した。
おじさんはそれを見てまた「おーい、おーい」と手を振った。
僕たちは、また「おーい」と一生懸命手を振った。
おじさんもまた、一生懸命こちらに手を振り、呼びかけてくる。
おじさんと子供たちのコミュニケーションはその後しばらく続いた。

そうしているうちに、子供たちのうちの誰かが「遅刻しちゃうよ」と皆に速やかな登校を促した。
僕たちは「そうだね」と同意していそいそと学校へ向かった。
おじさんは登校する僕たちの背中に一生懸命手を振り、「おーい」と呼びかけながら、下流へと流れていった。

その後、僕たちはいつも通り授業を受け、遊び、給食を食べた。

あのおじさんはどこへ行ったのだろう。

 今、僕がそんな状況を目撃したら警察か消防に電話をするだろう。
けれども当時僕たちは子供だったし、なによりおじさんは一言も「助けて」とは言わなかった。「大人は大抵のことが出来る」と信じていた僕たちは、それが純粋におじさんからの挨拶だと受け取っていた。「大人になれば、こんな危険な水遊びもできるんだよ」という、子供に夢を与えようという励ましだと思っていた。

あのおじさんはどこへ行ったのだろう。

 素直に「たすけて」と言ってくれれば良かったのに、それをしなかったばかりに、「遅刻しちゃう」というとても凡庸な理由によって、運命の不確定さを増してしまった。

助かっていてくれたらいいと、大人になった僕は思う。
そして同時に、「助けて欲しい時は素直に『助けて』と言うべきなんだ」と強く思う。
下流に何もなければ、いずれ助かるかもしれない。しかしひょっとしたら水門があって(実際ある)挟まれたりするかも知れない。

「助けて欲しい時は素直に『助けて』と言う事」

おじさんは体を張って、不確定な未来を生きる事になる僕たちに力強く語りかけてくれたのだろう。

おじさん、ありがとう。