「宇宙戦艦ヤマト」の続編が劇場公開されたようである。
これはどちらかと言うと“残念なお知らせ”だと言わざるを得ない。

劇場版「宇宙戦艦ヤマト 復活編」のサイトはこちら
(※フルフラッシュサイトなので、我が家のような10Mしかない回線では重くてイライラするので注意)

 何故“残念なお知らせ”なのかと言えば、確実にヒットしないだろうからだ。
そもそも「宇宙戦艦ヤマト」は、とても性的な構造の上で機能する物語であった。

僕なりに説明しよう。

地球と人類(「母」と私が分化されていない蜜月の状態)に対して、ガミラス(「父」)が現れて、自らの力と秩序に従うように力で強要する(「去勢」)。
それに対して人類は、宇宙戦艦ヤマト(というファルス)をイスカンダル星へ送り出して抵抗を試みる。
 宇宙戦艦ヤマトは、ガミラスの艦隊(「父」が強要する秩序)の内部において欲望を駆動させ、波動砲(射精のメタファー?)を発射する。
それはイスカンダル星とそのテクノロジー(いわば<対象a>の表層)を見つめながら、であろうと言ってもいいと思う。その証として何か挙げるとすれば、「最終的にイスカンダルに到着してみると、イスカンダルは女王1人残して滅びてい」て、女王自身によって「自らもまたその場にとどまって死を待つつもりである」と告げられる。
結果的に、(設計図を送ってくれれば済む筈の)放射能除去装置のみを持って帰る羽目になる。その先のテクノロジーは齎されずに終わるのだ。「イスカンダル星とそのテクノロジー」という形を取って現れる<対象a>を直接掴む事は不可能なのだ。
そして、すでに「父」によって完全に破壊された母との蜜月(という過去)を再建しようという決意とともにストーリーは終わる。しかし再建されるであろうものは偽物で、<対象a>を背後に滑り込ませるための受け皿にしか過ぎない。結果、いつまで経っても欲望するものを手に出来ない。それはその後数本作られた続編を見れば一目瞭然だ。

宇宙戦艦ヤマトはかようにエロい話なのである。エロ話の上に載っていたからこそ、過去に爆発的なヒットを記録したのである。
このように捉えつつ、新作のヤマトを見ると「ダメ感」満載である。
「パワーアップして波動砲六連射」ってどうよ。出しすぎ。腎虚になるよ。あまりの事に額が凹むよ。ファルスが肥大しすぎ。赤玉。そんなストーリーを人々が欲望するとは到底思われない。

新作の映画はきっとヒットしない。
僕はそれに1000円賭けてもいいと思っている。
そのくらい“残念な”話なのである。