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2009.11.22

しょぼいVBと擬人化の話

 プログラミング言語ってさ、「こういうソフトが欲しい」って目的がないと覚えづらいよね。で、すでにある程度知ってる言語で実現できちゃう目的だとその言語で結局やっちゃうし、新しい言語が覚えづらい。どうにかならんもんだろうか。
 そもそもの僕のこの悩ましい問題は、VBから始めちゃってる事に起因するんだよね。
そこらで馬鹿にされてるっぽい言語なのに、割といろいろできちゃうもんだから使っちゃう。でも僕はC++を覚えたいの!
 C++って入門サイトみたいなのが少ないね。なんでだろう。不思議。本買えって?僕にそんな小遣いがあるかってんだこんちきしょー。

ってかその前にPHPとかほんとに必要なやつを自在に使えるようになりたまえって話なんだけどね。そっからCにいってその上でC++ってのが道理だよね。。あー、わかってますよ。でもね・・

ってことで、某MMOゲームのユーティリティを作ってみた(結局VBで…)。
sendkeysを投げてるだけなんだけど、一応の機能は果たすもの。
チートにならないように。ってのもあって至極単純なソース。

Private Sub Button1_Click(ByVal sender As System.Object, ByVal e As System.EventArgs) _
Handles Button1.Click
Me.TopMost = True
Me.Activate()
AppActivate(”ホニャララ Online”)
SendKeys.SendWait(”{F8}”)
System.Threading.Thread.Sleep(900)
SendKeys.SendWait(”{F2}”)
End Sub

こんなのが連続してるだけ。
スゲーしょぼいっしょ。

これで一応機能は果たすんだけど、そんな事よりゲーム画面に溶け込んでなくてキモチワルイ。

なんとか「全画面表示されているゲーム画面よりも前に表示」されるようにできないものだろうかと悩む。その上で透明な感じにしちゃえば溶け込むかなっておもうんだけどなぁ。そういうのに適した言語を知ってる方!情報もとむー。

■■

 ところで。
脂さんとこの記事読んでたら、書こうかなーとぼんやり思っていた感じのとこに触れた記事があったからちょっと触れておこうかな。

おそらく、わたしと多くの他人とでは、「情動」や「人情」や「パトス」のシニフィエが異なっている。他人のブログだけどこの記事のコメント欄とか参考になるかもね。わたしのそれは人なるものに向けて特別に固定化されているものではなく、物や動物にも向けられるものだ。「いや私だって物や動物にも情動を向けているわよ」などという反論が予想されるが、それはおそらく違う。多くの人が物や動物に向ける情動は人なるものが根拠になったものだ。相手が物なら、それこそラカンの「欲望とは他者の欲望である」が参照できるだろう。相手が動物なら、あなたは動物を擬人化させて情動を向けていないか? とわたしは問う。動物を動物そのものとして見て情動を向けているのかい? と。たとえばペットに対する愛情は「動物を動物そのものとして向ける情動」ではないと言いきれる。わたしの臨床から。その情動は奥底で動物を擬人化している。わたしのようにドアベル代わりとして飼い犬を見るような見方が、「動物を動物そのものとして向ける情動」である。動物を物として見ている方が、人なるものが根拠になった情動とは言えないのだ。

 ひっくり返して言えば、僕たち(彼女が言うところの正常人)はヒトを擬人化することによってようやく“人間扱い”するってことだよね。
 新宿とか渋谷の駅前の混雑の中で、恐らくみんな感じているであろう「ウワー、モー、みんな邪魔!」というちょっとしたイライラ感を思い出してもらえればわかると思う。
 僕なんか、巨大な箒で全員掃いてしまいたいと思ったりするけれど、しかしながら、一人一人に人格があると考えると(つまり“擬人化”だ)、「いや、そんなことは考えちゃいけない」と思い直す。
「掃いてしまいたい」と思った瞬間には(つまり“擬人化”していない瞬間)、そこにいるヒトの大群は、動物と同じように僕の認識上「モノ」扱いなわけだ。
そして“擬人化”した瞬間にそれら「邪魔なモノ」だったゴチャゴチャは「人間の集まり」になる。
逆に言うと“擬人化”してしまえば、ヒト以外でもフレンドリーに接し得るって話。
「渋谷の駅前とかが(すでに擬人化された)猫でいっぱい」って状況を思い浮かべてみると判りやすいだろう。犬でもいいんだけど思わずニヤりとしてしまうだろう。
(※しかしここに“擬人化”の罠がある。油断すると全身引掻き傷だし、犬なんか集団になったら地上で一、二を争う脅威だぞ。)

以前、僕が今よりももっと老子にかぶれていた頃、「里に降りてきたクマは猟友会によって速攻で射殺されるのに、『薬やって錯乱したパンツいっちょのライフル男』に対しては警察なんかが必死で説得して“殺すまい”とする。どっちも危険なのにこの差はなんだ。降りてきたクマは確かにヒトに危害を加える“かもしれない”。が、ライフル男も同様だ。“もし”クマがヒトに危害を加えるつもりが毛頭ないのであっても目の前に現れたら射殺する。本質は似たようなもんじゃないか。どうしてだ」というような話をmixiでやったらドン引きされたんだけど、つまりは“擬人化”可能性への期待なんだよな。ライフル男を撃たないのは。根拠のない期待だ。
これってさ、「ジェンダー」と同根じゃないかと思うんだよね。
まぁ、それは今度にするか。ふつーに“「そうだよね。」記事”だしこれ。

■■■

 あ、こうやって別の話題をまとめて書いちゃおうとするから更新の速度が遅いのかな・・・。いまさら気づいた・・・。

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動く石柱

中坊さんから初めてトラバもらってびびった。つか「トラックバック(1)」って文字だけでびくっとする。コメントはまだ慣れてるからか。
い…

なんか一応言ってみるかな。

>あ、こうやって別の話題をまとめて書いちゃおうとするから更新の速度が遅いのかな・・・。

わたしのブログ記事も別の話題が一つの記事の中にあるんだが、「別の話題をまとめて書いちゃおう」とは思ってやってないんだな。単に自分の思考を単なる事実として実況しているだけ。そうすれば、思考なんてものは「別の話題」たちがごちょごちょ蠢いているもんだとわかるだろう。この蠢いている「別の話題」を「擬人化」したら、下北沢みたいなもんだ。雑踏。渋谷みたいに箱庭化してないって意味で下北沢になるんかな。まあわたしがいた頃既に渋谷化してたけどね。ほらわたし駒場に四年間いた人だから渋谷・下北は歩いて行けるのよ。渋谷って「情報」という人が支配できると思っているものを根拠に人が集まってるでしょ。人が支配できると思っている「情報」が根拠になった結果、渋谷は「情報」に支配されている。下北もそうっちゃーそうなんだけど、元々そこに住んでいる人たちもいる。「単なる場」の度合いが下北の方が若干高かった、って話か。「情報」に支配されるのはいいんだよ、ただその内側に「自分たちが支配している」ってのが透けて見えたから気持ち悪かった。なんかコギャルがギャルの口コミ情報をなんやかんやする企業を立ち上げた話題があったんだが、企業として立ち上げたこと自体は「おー」って思って見てたんだけど、それそういうことじゃん、って思ったんだよな。つまり「すぐ企業として立ち行かなくなるだろーなー」って。コギャルたちのやり方も「情報は私たちの所有物だ」ってことじゃない。それなら「情報」をいじくり倒すテレビ局とかに負けちゃうよなーって。テレビ局なんかも「情報」っていう本質的に支配不可能な物と対峙して悪戦苦闘はしてると思うから。建築現場みたいにね。社会は幻想だけど人間が作った人工物の中ではもっとも現実に親近しているものではあるんだよ。「情報」なんてただの物だからいじくり倒していいんだ。だけど心の奥底で「情報は支配可能な物」って固定観念があるから「捏造」になっちゃう。「嘘」になっちゃう。
そういうことだと思ったわ。

読み直して気づいた。

>人が支配できると思っている「情報」が根拠になった結果、渋谷は「情報」に支配されている。

これってまさに「主人が奴隷を支配し奴隷が主人を支配する」「主人のディスクール」だよな。そういう意味で下北より渋谷の方が「主人のディスクール」臭を強く感じていた、ってことか。
ラカニアンっぽいところも見せておこう。

君が前の会話で述べた、

>「超自我=観客」だと言っていいと思う。
>「バーリトゥードみたいにマウントで」とか、「相手のノド掻っ切ったり」っていうのは前者は(状況によってはアリだけど)観客から「しょっぱい」と批難される事が多いだろうし、後者は「ドン引き」でしょ。
>「観客(超自我)」にウケるかどうかが、明文化されたルールを越えたルールだといって良いと思うな。
>プロレスラーは「観客(超自我)」の期待に沿うようにウケなければならないわけで、

ってのも「主人のディスクール」になるんだな。傍から見れば。

そういう意味で、わたしにとって渋谷は君の言う「プロレス会場」みたいなもんだった、ってことになるな。下北の方が「プロレス会場」度は低い、ってことか。わたしの主観世界では。
いや渋谷も下北もよく行ったけどね。

ああうん、渋谷は「嘘」だったからよかった、ってことだな。
君が「プロレスはヤオっぽいからよい」(すまんわたしにはこう言っているように聞こえる)って言っているのと似てるかもな。

 なんか気の効いた答えをしなきゃいけないような脅迫に苛まれながら悩んでみたんだけど、「そうだね」としか言えないんDA・YO・NE(二回使うなって?)。

蛇足だけど、「コギャルがギャルの口コミ情報をなんやかんやする企業を立ち上げた話題」に関して言えば、「ギャルの口コミ情報」自体が、「嘘」によって強制的に選択させられた結果のものだから対メディアでは勝ち目が無い筈で、もし差別化するってんなら、「渋谷のどこそこでカラスが死んでた」的な「物自体的な」情報でなければ…、なんつってもぐるぐる循環するつまんない話になっちゃうか。

もー、ほんとDA・YO・NE(三回目だ)!の一言で済んじゃうな今んとこ。

>「ギャルの口コミ情報」自体が、「嘘」によって強制的に選択させられた結果のものだから対メディアでは勝ち目が無い筈で、

そうだよそういうことだよなんでわたしが言い出したことなのにお前の方がわかりやすい説得力のありそうな説明できてるんだよ。あーなんかイラっときた。って一般常識的にはお前は悪くないってのはわかるのでイラっとくるわたしが悪いのだろうというのもわかる。わかっているイラ。
イラっとする時代だからイラ・Eraか。

>なんつってもぐるぐる循環するつまんない話になっちゃうか。

わたしはつまんなくないと思うがな。
ドーナツなら、穴を中心にしてする回転運動じゃなく、穴から外側へ外側から穴へって方向にする回転運動が「言葉遊び」だよ。「止揚」のない、希薄な議論。
ちみ男子だから周囲の人間から「「止揚」しろよ」みたいなこと言われ続けたのがトラウマになって、「止揚」強迫症みたいになってんのかもな。
林さんとの議論でもそうだよな。君はおそるおそる反論していたように見えるんだが、林さんをおそれていたのではなくて、林さんみたいなタイプにありがちな「「止揚」しろよ」って強迫(君にとっては)を感じていたからかもしんないな。
わたしにしてみれば「止揚」強制をする議論の方が「ごっこ遊び」なんだが。プロレスや渋谷と同類。

あー誤解がありそうなので。
「穴を中心にしてする回転運動」が「止揚」だっつってるんじゃないぞ。「止揚」は螺旋状だ。だからヘーゲル論は「穴を中心にしてする回転運動」と「穴から外側へ外側から穴へって方向にする回転運動」とを述べた論だってことになる。

>ちみ男子だから周囲の人間から「「止揚」しろよ」みたいなこと言われ続けたのがトラウマになって、「止揚」強迫症みたいになってんのかもな。

 踏み込んでくるねぇ(笑)
それは“おそらく”当たりなんだろうね。
(「ご名答!」なんて言っちゃうと呪術にかかりそうだから言わない:笑)
この「脅迫」は分析の対象にされるより(僕にとっては)ずっと怖いな。分析自体は自分で自分を暇つぶしの道具にして楽しんでるしね。僕は分析の対象としてとても面白いと自分で思うよ。…あ、自分で呪術にかけてるな、この自己分析という暇つぶし。

多分僕は欲深いんだ。「これはナシだろ」的なものも捨てきれない。このくらいの長さの文章を書く(為に書かなくて良いものを切り捨てていく)のにも苦労するんだぞ?(笑)Twitterみたいな他の思考を一切廃して140文字で「呟く」なんて芸当は僕にはムリ、ってか出来るほうがどうかしてるんじゃないかって思うくらいだ。
告白はこのくらいにしとくか・・

わたしも告白しとくと、はやしさんと君が議論してたのを見て(見たのは議論があってちょっと後だった)、はやしさんに対して女の腐ったようなことを抜かしている記事にコメント書こうとしたんだよね。長文の。コピペしたら「長い」って言われたのでやめた。分割するのめんどくさかったし。
でも、それははやしさんと君双方を分析しているものだった。つまり、わたしの経験上、君ら二人は否認してくるだろーな、と予想できるものだった。そうなるとうざい。言いっぱなしで逃げれたらいいんだが、そうもできない。「人格を傷つける」ってのは法律違反になるほど(名誉毀損ってそうだろ)悪いことだというのは頭でわかっているから。
精神分析とは人格を「腑分け」するメスだ、ってほんとにわかってない奴が多すぎる。そんな奴が使ってもメスとして使えないだろう。ネットにはびこる「精神分析的批評」なんてメスを建築素材にして箱庭を作っているようなものだ。
世の中バカが多すぎ。現実を見れてないっていう意味でのバカ。
君はちょっとだけ切られたってことだな。
ほんとはもっと前にメスを振るおうとしたんだけどね、ってわたしは言ってるだけ。君だけじゃなくはやしさんにも。
平等でしょ? わたし。

なんか上のコメント書いたら若干すっきりしたので、わたしが君のブログにコメントし続けていたのの二割くらいは、このことを言いたかったからかもしれない。

>このくらいの長さの文章を書く(為に書かなくて良いものを切り捨てていく)のにも苦労するんだぞ?(笑)

書けばいいのに、と実際「「これはナシだろ」的なものも」書いてるわたしは素の顔で言う。
まあ君がネット上で築きあげた人脈を崩壊させる危険はあるだろうが。

お前と話してると大学生時代の記憶がよみがえって困るんだが、お前小劇場の人っぽいわな。「お前と似てる」ってわたしが言ってた某プロレス好きとはそこが違うな。
お前のマンガって確かに小劇場っぽいノリだ。野田とか鴻上とかって黄金期じゃなくて廃れていく真っ最中の。それも平田オリザとか山の手事情者とかクナウカあたりのマジメ系じゃなくて、ハイレグジーサスやらジョビジョバとかの明大系っつかな。
こん中ならハイレグジーサスだな。一番好きだったのは。
お前まだハイレグまではいってねえな。ジョビジョバレベル。そんなんじゃともさかゲットできねえぞ。あーつか難しいことも語ってるって意味では山の手事情社だな。うん、好きだった。つか上に書いたのは大体好きだったがね。青年団以外は素でそう言える。
あー確かにお前井の頭線で言えば明大前な人だwww

>お前と話してると大学生時代の記憶がよみがえって困るんだが、

あ、ごめん単に「渋谷」「新宿」「ジェンダー」とかってシニフィエがあっただけだから、って気もしてきた。
でも小劇場っぺえ、っていうのはあると思う。廃れていく真っ最中の小劇場シーンではメジャーじゃない流れだったけど。あ、だから「小劇場」って言葉も使っちゃいけないのか。メジャーじゃない流れなわけだから「小劇場」ってシンボルで象徴できない。シンボルとして不適格。
単にわたしのイメージが似てるってだけ。
精神分析風に言うなら、「男性同性愛的に愛する対象を揶揄する」ってアクティングアウト。伝統的な(すなわちエディコン論ばりばりで言うなら)言い方なら「弱い父親に対する複雑な情動」みたいな。
父親が弱くなったから揶揄する、みたいなね。
君も意外とネトウヨと根っこは同じかもしれないね。

マンガだけじゃなくて、君のプロレスに対する気持ちも「男性同性愛的に愛する対象を揶揄する」っぽいよな、そういや。

「井」が弱くなりつつある、って話か。君の主観世界において。

勃起したちんちんとしての王を斬首するのは英雄だけど、
萎えたちんちんとしての王を斬首するのはピエロだ、
って話?

あ、いろいろ繋がった。わたしの中で。
これわたしが小劇場から離れてった一つの理由でもある気がする。離れてってどこ行ったかってオペラとかだけどね。「え? じゃあ父って何?」って感じか。小劇場の父がオペラって短絡すぎるけど。そこからも離れたな。
まあ要するに、ホステスが言うような「あなた、わたしを裏切った男に似てる」って奴だ。

>はやしさんに対して女の腐ったようなことを抜かしている

 そうそう。僕もそれが嫌でさ、読み返すとげんなりするんだ。だから前の場所にあったブログの過去ログをほとんど持ってきていない。読んでてむかつくんだよ(過去の)僕自身の謂いが。自分の書いたものを読みたくないからそれは分析の対象にしないけれども、(きっと脊髄で反射してるって点で)ネトウヨと根っこが同じって言うのもなんとなくわかるな(「男性同性愛的に愛する対象を揶揄する」に関しては後述)。完全に安全が確保されている場からしか冴えた事言えないんだよ(それでもあんま言わないけどな)。腐ってるね(笑)
 僕の患っている病気が悪化するの覚悟でリクエストさせてもらうけど、「ちょっと」でなくバッサリと僕を切ってみてはどうかな。ちなみに医者が嫌がる大うつな。やりかたによっては死なせる事も可能だぞ?こういうポーズで。

>「男性同性愛的に愛する対象を揶揄する」

ってさ、僕結構自覚的なんだよね。「だよなー」ってずっと前から思ってたことだ。
でさ、僕自身に関していえば、所謂一般的な意味での女性に対しても同様な姿勢なので、「すべては同性愛的だ!」と言い切ってしまいたいのだけれども(同性愛の対象が「性が同一」で無くファルスであるという意味でな)、同時に「偶々僕がイビツだという可能性もあるかもしんね」とも思うわけで、こっそり隠し持つ「自覚的」アイテムではあるね。ついでに言っておくと僕のUFO好きやメタル好きも同様だと思うな。
前者はメカニカルだし、後者はテクニカルだ。尊敬することで楽しむことも出来るし、揶揄する事も可能で、対象になるのはやはり「力」だよな。

で、そもそも僕の中で「井」は弱いよ(これは断言できる)。
外国の習慣やマナーに従っている感じだ。言うまでも無く便宜上な。

>まあ要するに、ホステスが言うような「あなた、わたしを裏切った男に似てる」って奴だ。

 そのシチュエーションがわかんねぇ・・
居酒屋しか行かないから…(笑)

切る切らない以前にわたしの中でいろいろすっきりしたので多分切らないと思うぞ。メカニカルなわたしという機械の予測として。

んでまあちょっと気になったのが

>所謂一般的な意味での女性に対しても同様な姿勢なので、「すべては同性愛的だ!」と言い切ってしまいたいのだけれども

だけど、おまい嫁さんに対してもそういう目で見てるの?
だとしたら嫁さんすげー大変そうなんだが。持ち上げられるしんどさっていうかな。
わたしの傍でわたしを引き立てるようなピエロになりたがるヤロウっていうのはいたことがあるが、それと似たようなもんか?
そいつはわたしをファルスとして見ている、と。

>だとしたら嫁さんすげー大変そうなんだが。

すまん、深い意味はなく、「(もしそうなら)お前の嫁さんってえらいなー」ぐらいの意味だ。

>そのシチュエーションがわかんねぇ・・

他の男との色恋めいた話をした方が客は釣れる、というキャバ嬢テクニック。

>おまい嫁さんに対してもそういう目で見てるの?
 
 うん。でも常にじゃないよ。言うまでもなく「いろんな目」で見てるから(そしてこれには「こういう視点は無いよな」的視点も含んでいる)。
「こいつスゲェ!」って思う時はあるけど、それは当然“いつも”じゃない。
ってか「全然スゴくなくね?ってかダメじゃね?」って部分に互いに着目してて、むしろ共-共依存的。双方が「DVに耐える妻」みたいな(笑)
たまにいる“巧く行ってる熟年夫婦”ってこういう感じじゃないかな。
互いに「実は支配不可能な物」であるという側面を受け入れちゃってる状態(でも一方で実は自らがMであることによってSを支配しようという力も加わっている)。
だから露骨に“もちあげたり”、“揶揄”する事も無い。むしろ欠けている部分をケアする、或いはそのポーズによって関係が成り立っている。
で、その共-共依存的な在り方を強化するためには、より「ファルス」に注目する事によって、「全然スゴくなくね?ってかダメじゃね?」って部分をより目立たせる必要性が出てくるんだと思うな。
 あ、言っとくけど自覚的にそうしているわけじゃないからね。事後的な、そして一般論的分析。コジツケとも言う。
しかしながら、以前からなんとなくこう思っていた筈で、だからこそ上野千鶴子とかに反応しちゃうんだろうな、と思うんだわ。家父長制が自分の中で堅固なものであれば、こういう考え方は成立しないだろうし。

>キャバ嬢テクニック

 昔一回会社の人に連れられてキャバクラに行った事があるんだけど、あれって指名とかしないでボンヤリしてるとさ、入れ替わり立ち代りで暇なオネーチャンが来るじゃん。毎回自己紹介しなきゃいけなくてさ、多分 6回/h とか自己紹介させられてうんざりした事があるな。2時間だったから12回か。なんかの展示会かって話。どうでもいいけど。
ってか、その辺のラカニアンよりキャバ嬢のほうが良く知ってそうだよな。言ってみりゃ職業的呪術師なわけで。

>メカニカルなわたしという機械の予測として。

 すげー迂遠なツンデレ発言だな!(笑)
素直に喜んどく。ちょっと救われた気分。ごちそうさま!

>より「ファルス」に注目する事によって、「全然スゴくなくね?ってかダメじゃね?」って部分をより目立たせる必要性が出てくるんだと思うな。

って、「全然スゴくなくね?ってかダメじゃね?」って部分が「裏打ち」になっている、と理解していいか?
「DV」的なものが「裏打ち」になっている、と。ああ共依存だな。
でもそういう「裏打ち」と「ファルス」って一人でできないもんか? ああファルスの根拠は他者だからできないのか。だから一人だと「裏打ち」だけになっちゃうのか。

ふーん、つかムラ的共同体の二人バージョン、ってイメージだ。

ファルスは物自体を否定する幻想の根拠ではあるが、現実的なものでもあって、従ってファルスを物だと考えれば(要するに人間が人間らしくあるのは、君の言う「擬人化」してしまうのは、生物学的な器質因性のものだ、と考えるようなこと)、上野みたいな言い方にゃならんと思うんだが。
「嘘」だとわかって「嘘」の土俵に乗るならいいんだがな。西原理恵子みたいに。松浦理英子もこのケがあるな。つか要するに中島みゆきチックな「嘘は優しさだから好き」みたいなもんだ。
だからわたしゃどうしても上野の方がバカに見える。西原や松浦より。
あーそうそう、キャバ嬢がそう言ったとしたらしっくりこねえ? 「西原や松浦よか上野の方がバカに見える」って。

>なんかの展示会かって話。

そうだよ。キャバはちょっとしかやったことねえがみんなそう自覚してると思うぜ。レースクイーンだって展示会だって自覚してやってるに決まってるだろうが。
だから君みたいなのは「野暮だねえ」となるわけだ。
プロレスって「嘘」には乗れるのにそこには乗れないんだな。わたしと逆だな。

ファルスって器質因性であり環境因性でもあるんだな。ファルスも内因なんだよ。

上野って自閉症を環境因だって言ってぼこられたことあるんだな。
そう考えてしまう精神疾患的症状と考えるのが精神分析厨。
それを単なる間違いじゃなく、彼女の症状だと考えれば、上のコメントの分析もどきにも合致するな。つかこういう文言を加えたら分析もどきになるってだけで。上のは単なる印象論。

>上野みたいな言い方にゃならんと思うんだが。

ごめん。すごい言葉が足らなかった。
僕は上野に関してはほとんど読んでなくて、こないだここのブログでリンクはっつけた学会誌の中にあるこの論文の事を言いたかったんだ。
ごめん。。

>あーそうそう、キャバ嬢がそう言ったとしたらしっくりこねえ? 「西原や松浦よか上野の方がバカに見える」って。

ソレは言えてるね(笑)
で、キャバついでに一応抗弁しておくと「プロレスって「嘘」には乗れるのにそこには乗れない」ってわけじゃないよ。その場では頗る乗るんだ。でも店を出たらすぐスイッチが切り替わったのがわかって「あ、俺キャバクラ向いてないや」と。そんでそれっきり。
合コンとかでも頗る乗るんだけど、やはり店を出るとスイッチが切り替わる。電話番号をゲットできててもなんだ。僕は本当に「遊び」に向いていないなぁと若かりし日に失った様々な可能性を思い浮かべながら恨めしく思う31歳の冬だ。

「スイッチが切り替わる」ねえ。
「はしゃぎすぎた翌朝落ち込むことの方が多い」って『ZOO』の歌詞みたいなことはねえの?

本当に「スイッチが切り替わった」なら、「頗る乗」っていた時の自分は異物になるだろ? 記憶があれば。
「スイッチが切り替わっ」てなんでもないってことなら、「スイッチが切り替わった」というより「頗る乗」っていた瞬間の自分を抑圧なり排除なりしている、って考えるべきかもしれない。
まあ『ZOO』のそれは抑圧しきれなかった状態になろうな。抑圧の直前段階、みたいな感じか。「落ち込む」のなら。

>「はしゃぎすぎた翌朝落ち込むことの方が多い」

 ないねぇ。(他の時間に引きずらない工場労働的な)仕事みたいな感覚かな。タイムカード押して「はい、おつかれさん」的な感じで、帰りの道路ではもう全然違う感覚になってんの。
よくあるような「キャバクラにはまっちゃって浪費しすぎで借金だらけ」なヤツでなければ結構みんなそうなんじゃないかな、と思ったりする。
多分、君の言うように「抑圧」なんだろう。
「頗る乗るモード」のオンとオフ、どっちが抑圧なのか自分じゃ判らないな(実験のためにキャバクラ行くつもりも小遣いもないしな!)。

それってさ、抑圧するのは超自我なわけだから、超自我が強い状態なわけで、これまでの文脈を踏んで短絡させてもらうと、「井」が強い状態だ、ってなるよな。理屈的に。
ま、キャバ行ったのって「昔」らしいから、その当時の君は「井」が強かった、って話にすれば、わたしの「お前の「井」って弱くなりつつあるんじゃね」って分析と矛盾はしないのか。
いわば今君素でデプレッション状態なんだろうな。わたし関係なしに。

つーことは今キャバ行って「頗る乗」れたなら、翌日落ち込んだり、落ち込まなくても『ZOO』状態になったりするのかね。
まさに実験だが金ないなら仕方ねえやな。
それほど興味ねえし。

つーわけで終わろう。
興味なくても延々と続けられそうだからこう言明しないと終われない。

ん。

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