プログラミング言語ってさ、「こういうソフトが欲しい」って目的がないと覚えづらいよね。で、すでにある程度知ってる言語で実現できちゃう目的だとその言語で結局やっちゃうし、新しい言語が覚えづらい。どうにかならんもんだろうか。
 そもそもの僕のこの悩ましい問題は、VBから始めちゃってる事に起因するんだよね。
そこらで馬鹿にされてるっぽい言語なのに、割といろいろできちゃうもんだから使っちゃう。でも僕はC++を覚えたいの!
 C++って入門サイトみたいなのが少ないね。なんでだろう。不思議。本買えって?僕にそんな小遣いがあるかってんだこんちきしょー。

ってかその前にPHPとかほんとに必要なやつを自在に使えるようになりたまえって話なんだけどね。そっからCにいってその上でC++ってのが道理だよね。。あー、わかってますよ。でもね・・

ってことで、某MMOゲームのユーティリティを作ってみた(結局VBで…)。
sendkeysを投げてるだけなんだけど、一応の機能は果たすもの。
チートにならないように。ってのもあって至極単純なソース。

Private Sub Button1_Click(ByVal sender As System.Object, ByVal e As System.EventArgs) _
Handles Button1.Click
Me.TopMost = True
Me.Activate()
AppActivate(“ホニャララ Online”)
SendKeys.SendWait(“{F8}”)
System.Threading.Thread.Sleep(900)
SendKeys.SendWait(“{F2}”)
End Sub

こんなのが連続してるだけ。
スゲーしょぼいっしょ。

これで一応機能は果たすんだけど、そんな事よりゲーム画面に溶け込んでなくてキモチワルイ。

なんとか「全画面表示されているゲーム画面よりも前に表示」されるようにできないものだろうかと悩む。その上で透明な感じにしちゃえば溶け込むかなっておもうんだけどなぁ。そういうのに適した言語を知ってる方!情報もとむー。

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 ところで。
脂さんとこの記事読んでたら、書こうかなーとぼんやり思っていた感じのとこに触れた記事があったからちょっと触れておこうかな。

おそらく、わたしと多くの他人とでは、「情動」や「人情」や「パトス」のシニフィエが異なっている。他人のブログだけどこの記事のコメント欄とか参考になるかもね。わたしのそれは人なるものに向けて特別に固定化されているものではなく、物や動物にも向けられるものだ。「いや私だって物や動物にも情動を向けているわよ」などという反論が予想されるが、それはおそらく違う。多くの人が物や動物に向ける情動は人なるものが根拠になったものだ。相手が物なら、それこそラカンの「欲望とは他者の欲望である」が参照できるだろう。相手が動物なら、あなたは動物を擬人化させて情動を向けていないか? とわたしは問う。動物を動物そのものとして見て情動を向けているのかい? と。たとえばペットに対する愛情は「動物を動物そのものとして向ける情動」ではないと言いきれる。わたしの臨床から。その情動は奥底で動物を擬人化している。わたしのようにドアベル代わりとして飼い犬を見るような見方が、「動物を動物そのものとして向ける情動」である。動物を物として見ている方が、人なるものが根拠になった情動とは言えないのだ。

 ひっくり返して言えば、僕たち(彼女が言うところの正常人)はヒトを擬人化することによってようやく“人間扱い”するってことだよね。
 新宿とか渋谷の駅前の混雑の中で、恐らくみんな感じているであろう「ウワー、モー、みんな邪魔!」というちょっとしたイライラ感を思い出してもらえればわかると思う。
 僕なんか、巨大な箒で全員掃いてしまいたいと思ったりするけれど、しかしながら、一人一人に人格があると考えると(つまり“擬人化”だ)、「いや、そんなことは考えちゃいけない」と思い直す。
「掃いてしまいたい」と思った瞬間には(つまり“擬人化”していない瞬間)、そこにいるヒトの大群は、動物と同じように僕の認識上「モノ」扱いなわけだ。
そして“擬人化”した瞬間にそれら「邪魔なモノ」だったゴチャゴチャは「人間の集まり」になる。
逆に言うと“擬人化”してしまえば、ヒト以外でもフレンドリーに接し得るって話。
「渋谷の駅前とかが(すでに擬人化された)猫でいっぱい」って状況を思い浮かべてみると判りやすいだろう。犬でもいいんだけど思わずニヤりとしてしまうだろう。
(※しかしここに“擬人化”の罠がある。油断すると全身引掻き傷だし、犬なんか集団になったら地上で一、二を争う脅威だぞ。)

以前、僕が今よりももっと老子にかぶれていた頃、「里に降りてきたクマは猟友会によって速攻で射殺されるのに、『薬やって錯乱したパンツいっちょのライフル男』に対しては警察なんかが必死で説得して“殺すまい”とする。どっちも危険なのにこの差はなんだ。降りてきたクマは確かにヒトに危害を加える“かもしれない”。が、ライフル男も同様だ。“もし”クマがヒトに危害を加えるつもりが毛頭ないのであっても目の前に現れたら射殺する。本質は似たようなもんじゃないか。どうしてだ」というような話をmixiでやったらドン引きされたんだけど、つまりは“擬人化”可能性への期待なんだよな。ライフル男を撃たないのは。根拠のない期待だ。
これってさ、「ジェンダー」と同根じゃないかと思うんだよね。
まぁ、それは今度にするか。ふつーに“「そうだよね。」記事”だしこれ。

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 あ、こうやって別の話題をまとめて書いちゃおうとするから更新の速度が遅いのかな・・・。いまさら気づいた・・・。